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富津の古墳をめぐる

先週の土曜日、富津市までお出かけしました。
先日きいた加曾利貝塚のシンポジウムできいたことを確かめたかったのと、
家人が「富津にはすごい古墳群があるぞ」と教えてくれたからです。


上の地図、黄色い星マークのついたところが自分の足でみてまわった古墳です。
国指定の内裏塚古墳を中心にまわってみました。
近距離にたくさんの古墳が密集しているのがわかります。
実は、この他にも富津にはたくさんの古墳が残っていて、
今回見たのは現存する古墳のうち三分の一ぐらいです。
総称して「内裏塚古墳群」呼ばれています。




古墳といっても、大きいものから小さいものまでいろいろありますが、
富津の古墳は大きいです。前方後円墳なんて「ただの山」にしかみえないです。
一応古塚古墳を遠くから撮影してみましたが、こんもりとした山というか森というか
たとえるなら「トトロの森」でしょうか^^;;

富津の古墳群は生活の中に古墳が存在していて「観光地化」されていません。
中には大きなお屋敷の中に古墳があり「見学不可」と書かれた看板もありました。
悲しかったのは、上記の写真の古塚古墳。
すぐ近くまで行きましたら、なんと古墳のふもとに大型の粗大ゴミが積んでありました(涙)
これだけたくさんの古墳があるのに、大事にされてるものもあれば、
ゴミ置き場になってしまっているものもある。
複雑な気分になってしまいました。

とことこと歩きながら、国指定の内裏塚古墳をめざします。





登っていいのかしら、とみたら、明らかに人の歩いた道ができてます。
国指定の古墳なのに整備されず草ぼうぼう^^;;
私、生まれて初めて前方後円墳へ登ってみることにしました。



内裏塚古墳は千葉県内最大の前方後円墳で、長さは144メートルあります。
発掘は1906年におこなわれ、二つある石室から二体の人骨と鉄製の武器類が出土しました。
ただ明治の発掘調査のため、詳しい調査の内容は不明です。
出土品は国立歴史民族博物館に収蔵されているそうなので、ぜひみたいところです。
発掘を記念して、後円墳の部分に石碑が建てられていました。
でも、本来なら作られた当時の形を残すためにも、石碑建てるのはどうなんだろう、と思ったり・・・。
発掘調査はもちろん大事ですが、後世に大切な史跡を残すためには、
もっと整備し「千葉にもこんな立派な前方後円墳」がたくさんあるんだよ。大阪と奈良だけじゃないんだよー」と
アピールするのも大切だと思うのです。
市原市の学芸員さんが「博物館が作れなくて」とおっしゃってたので、富津のの財政は
もっと厳しいのかもしれません。
でも、地方活性化のためには古墳や文化財にも予算を出していかないと魅力のある街づくりはできないし
人も集まらない。文化財も整備しなければ朽ちていくだけですから守らないといけない。
大昔に作られたものを再生するのは現代の技術をもってしてもかなり難しいです。
古墳の上から富津の景色を眺めながら
「新しいものにお金を費やすのも必要だけど、古いものにも目をむけて大事にしないといけない」
と思った次第です。



千葉はいいところです。野菜や果物も多いし、千葉県の遺跡数はなんと全国三位です。
古代東海道の要衝として発達した上総地方の文化財。それを生かせる方法はないものか。
と、夕焼けに染まる富士山を見ながら思いました。

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