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房総半島の歴史を考える

富津市の古墳めぐりをした帰り、富津岬に寄りました



日没前でしたので、夕日がきれいでした。
映っているのは富津岬展望台。明治百年記念展望台が正式名称だそうです。

実はここを訪れたのにもわけがあります。
またまた市民講座の話題になりますが、
縄文時代は、黒潮に乗って打ち上げられた珍しい貝が物々交換の材料として遠くは北海道まで流通し、
古代では「古代東海道」として船で房総半島に上陸し東北まで北上するという重要な道が通っていました。
私の中には「本当に珍しい貝や石は海岸に打ち上げられるのだろうか」という疑問があり、
砂浜に打ち上げられた貝や石を見て回りました。
その結果がこちら↓



貝の種類には詳しくないので、なんともいえませんが、右側の大きな貝殻、
この地域ではまず見られないような大きな貝殻です。波の影響でかなり削られていたのが残念。
でも、花崗岩も打ち上がっていましたし(最近の人工物かもしれませんが)、
輕石もかなりの数がありましたので、
黒潮に乗って南のほうから珍しい石がやってくるのはわかりました。



もう一つの疑問は「三浦半島」です。
1180年治承・寿永の乱がおき、源頼朝は平家の軍に負けて敗走します。
この時頼朝は三浦半島から房総半島にわたり、千葉常胤のもとに助けを求めます。
縄文時代より船の技術は発達してるけど、本当に頼朝は房総半島に渡ったのだろうか?
それを自分の目で確かめたかったのです。
画像では見にくいかもしれませんが、うっすらと三浦半島が見えます。
天気がよければもっとはっきり見えたでしょう。当時の人たちは今よりももっと視力がよかったはずですから
三浦半島から房総半島をきれいに見たはずです。
この日は波がずいぶん荒れていましたが、天候や時間帯を選べば渡るのは可能だと感じました。

まだまだ未知の部分がおおい時代が多いですが
本で読んだり、講座で学んだことを、実際に動いてその当時の人の気持ちになって感じてみる。
本を読むのとは、また違った経験ができます。体で感じるって大事です。

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